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名古屋地方裁判所 平成6年(わ)1706号 判決

裁判所書記官

高橋幸男

被告人

氏名

近藤豊

年齢

昭和一〇年七月一五日生

本籍

愛知県豊川市国府町下河原五二番地の二

住居

東京都世田谷区松原一丁目二二番七号

職業

衆議院議員

検察官

大橋弘文、星景子

弁護人(私選)佐藤有文(主任)、渡邉淳

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金五〇〇万円に処する。

罰金を全額納めることができないときは、その未納分について一万円を一日に換算した期間労役場に留置する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、昭和五四年一〇月衆議院議員に当選し、三期務めた後、二期連続して落選したものの、平成五年七月一八日の選挙で返り咲き、現在衆議院議員の職にあるものであるが、右落選期間中、歳費が断たれて政治資金に窮したことから、税法上、特定の公職の候補者を推薦・支持する政治団体に対する寄附が所得控除の対象とされていることに目を付け、支援者に対し、「寄附をしてくれれば、寄附金以上の税金を免れることができる。」旨持ちかけて寄付金を集めようと考えた。そこで、

第一  被告人は、被告人を推薦・支持する政治団体「東三創政会」、「近藤豊後援会」、「里に咲く花の会」、「ゆたか政経倶楽部」、「ゆたかレディース会」、「豊川ゆたか政経倶楽部」及び「蒲郡ゆたか政経倶楽部」の七団体の収支報告書を作成する業務に従事していた上田みどりと共謀の上、所得税控除を受けるために必要となる選挙管理委員会の証明を得るため、愛知県選挙管理委員会に提出するこれら団体の収支報告書に実際の受取り額よりも多くの寄附金があったように虚偽の記入をしようと考え、

一  同選挙管理委員会に提出する平成二年分の「東三創政会」の収支報告書を作成するにあたり、平成三年二月中旬ころ、愛知県豊橋市東松山町一二六番地所在の近藤豊事務所において、「東三創政会」の収支報告書の「収入項目別金額の内訳」欄中の「寄附の内訳」欄に、実際には別紙一覧表一「寄附名義人」欄記載の櫻井恒良ほか六名からそのような寄附はなかったにもかかわらず、同表「寄附年月日」欄記載のとおり、平成二年四月二七日から同年一二月二八日までの間、同人らから前後七回にわたり、同表「寄附名目額」欄記載のとおり、一五〇万円の各寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年二月二〇日、名古屋市中区三の丸三丁目一番二号所在の愛知県選挙管理委員会に提出した。

二  前記愛知県選挙管理委員会に提出する平成二年分の「近藤豊後援会」の収支報告書を作成するにあたり、平成三年二月中旬ころ、前記近藤豊事務所において、「近藤豊後援会」の収支報告書の「収入項目別金額の内訳」欄中の「寄附の内訳」欄に、実際には別紙一覧表二「寄附名義人」欄記載の河合和寛ほか七名からそのような寄附はなかったにもかかわらず、同表「寄附年月日」欄記載のとおり、平成二年四月三〇日から同年一二月二八日までの間、同人らから前後八回にわたり、同表「寄附名目額」欄記載のとおり、一〇〇ないし一五〇万円の各寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年二月二〇日、右愛知県選挙管理委員会に提出した。

三  前記愛知県選挙管理委員会に提出する平成二年分の「里に咲く花の会」の収支報告書を作成するにあたり、平成三年二月中旬ころ、前記近藤豊事務所において、「里に咲く花の会」の収支報告書の「収入項目別金額の内訳」欄中の「寄附の内訳」欄に、実際には別紙一覧表三「寄附名義人」欄記載の櫻井恒良からそのような寄附はなかったにもかかわらず、同表「寄附年月日」欄記載のとおり、平成二年九月二八日、同人から、同表「寄附名目額」欄記載のとおり、一〇〇万円の寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年二月二〇日、右愛知県選挙管理委員会に提出した。

四  前記愛知県選挙管理委員会に提出する平成二年分の「ゆたか政経倶楽部」の収支報告書を作成するにあたり、平成三年二月中旬ころ、前記近藤豊事務所において、「ゆたか政経倶楽部」の収支報告書の「収入項目別金額の内訳」欄中の「寄附の内訳」欄に、実際には別紙一覧表四「寄附名義人」欄記載の櫻井恒良ほか四名からそのような寄附はなかったにもかかわらず、同表「寄附年月日」欄記載のとおり、平成二年七月三〇日から同年一二月二一日までの間、同人らから前後五回にわたり、同表「寄附名目額」欄記載のとおり、二四ないし一五〇万円の各寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年二月二〇日、右愛知県選挙管理委員会に提出した。

五  前記愛知県選挙管理委員会に提出する平成二年分の「ゆたかレディース会」の収支報告書を作成するにあたり、平成三年二月中旬ころ、前記近藤豊事務所において、「ゆたかレディース会」の収支報告書の「収入項目別金額の内訳」欄中の「寄附の内訳」欄に、実際には別紙一覧表五「寄附名義人」欄記載の櫻井恒良ほか三名からそのような寄附はなかったにもかかわらず、同表「寄附年月日」欄記載のとおり、平成二年六月二八日から同年一二月二五日までの間、同人らから前後四回にわたり、同表「寄附名目額」欄記載のとおり、一五〇万円の各寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年二月二〇日、右愛知県選挙管理委員会に提出した。

六  前記愛知県選挙管理委員会に提出する平成二年分の「豊川ゆたか政経倶楽部」の収支報告書を作成するにあたり、平成三年二月中旬ころ、前記近藤豊事務所において、「豊川ゆたか政経倶楽部」の収支報告書の「収入項目別金額の内訳」欄中の「寄附の内訳」欄に、実際には別紙一覧表六「寄附名義人」欄記載の櫻井恒良ほか四名からそのような寄附はなかったにもかかわらず、同表「寄附年月日」欄記載のとおり、平成二年三月二九日から同年一二月二八日までの間、同人らから前後五回にわたり、同表「寄附名目額」欄記載のとおり、一〇〇ないし一五〇万円の名寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年二月二〇日、右愛知県選挙管理委員会に提出した。

七  前記愛知県選挙管理委員会に提出する平成二年分の「蒲郡ゆたか政経倶楽部」の収支報告書を作成するにあたり、平成三年二月中旬ころ、前記近藤豊事務所において、「蒲郡ゆたか政経倶楽部」の収支報告書の「収入項目別金額の内訳」欄中の「寄附の内訳」欄に、実際には別紙一覧表七「寄附名義人」欄記載の鈴木孝ほか二名からそのような寄附はなかったにもかかわらず、同表「寄附年月日」欄記載のとおり、平成二年七月一八日から同年八月三一日までの間、同人らから前後三回にわたり、同表「寄附名目額」欄記載のとおり、一五〇万円の各寄附があった旨虚偽の記入をし、これを平成三年二月二〇日、右愛知県選挙管理委員会に提出した。

第二  一 被告人は、前記上田みどり及び別紙一覧表八「納税義務者」欄記載の尾﨑三郎ほか一〇名らとそれぞれ共謀の上、同人らの平成元年分の所得税を免れようと考え、同年度の前記第一記載の各政治団体の収支報告書中に寄附者として記載されていた同人らにつき、同人らがこれら政治団体に所得税控除の対象となる特定寄附金を支出したように装って所得の一部を秘匿した上、同人らの同年分の正当な課税される所得金額、これに対する所得税額及び所得税額から納付済みの源泉徴収税額を控除した実際納付税額は、それぞれ、同表「正当税額等」欄中の「課税される所得金額」、「所得税額」、「納付税額」各欄記載のとおりの額であったにもかかわらず、同表「所得税確定申告状況」欄中の「申告年月日」、「申告書提出税務署」各欄記載のとおり、平成二年三月七日から同月一五日までの間、前後一一回にわたり、愛知県豊橋市前田町一丁目九番地四所在の豊橋税務署ほか一か所において、各税務署長に対して右一一名の納税義務者の各所得税確定申告をするに際し、各人につき、架空の寄附金控除金額を計上した上、課税される所得金額、これに対する所得税額及び実際納付税額は、それぞれ、同表「所得税確定申告状況」欄中の「課税される所得金額」、「所得税額」、「納付税額」各欄記載のとおりである旨を記載した虚偽過少の所得税確定申告書を各提出し、正規の実際納付税額と申告にかかる虚偽過少の納付税額との差額(同表「ほ脱額」欄記載のとおり、合計一五九〇万二七〇〇円)を免れた。

二 被告人は、前記上田みどり及び既に平成元年分の確定申告をしていた別紙一覧表九「納税義務者」欄記載の大野和美ほか二名らとそれぞれ共謀の上、同人らの同年分の所得税を免れようと考え、同年度の前記第一記載の各政治団体の収支報告書中に寄附者として記載されていた同人らにつき、同人らがこれら政治団体に所得税控除の対象となる特定寄附金を支出したように装って所得の一部を秘匿した上、同人らの同年分の正当な課税される所得金額、これに対する所得税額及び所得税額から納付済みの源泉徴収税額を控除した実際納付税額は、それぞれ、同表「正、当税額等」欄中の「課税される所得金額」、「所得税額」、「納付税額」各欄記載のとおりの額であったにもかかわらず、同表「所得税の更正の請求状況」欄中の「請求年月日」、「請求書提出税務署」各欄記載のとおり、平成二年五月一日から同月二四日までの間、前後三回にわたり、前記豊橋税務署において、同税務署長に対して右三名の納税義務者の各所得税の更正の請求をするに際し、各人につき、架空の寄附金控除金額を計上した上、課税される所得金額、これに対する所得税額及び実際納付税額は、それぞれ、同表「所得税の更正の請求状況」欄中の「課税される所得金額」、「所得税額」、「納付税額」各欄記載のとおりである旨を記載した虚偽の所得税の更正の請求書を各提出し、同税務署長をしてその旨の更正をなさしめて、正規の実際納付税額と右請求書記載の納付税額との差額(同表「ほ脱額」欄記載のとおり、合計三二九万三七〇〇円)を免れた。

第三  被告人は、前記上田みどり及び別紙一覧表一〇「納税義務者」欄記載の尾﨑三郎ほか一〇名らとそれぞれ共謀の上、同人らの平成二年分の所得税を免れようと考え、前記第一記載の各政治団体の収支報告書中に寄附者として記載されていた同人らにつき、同人らがこれら政治団体に所得税控除の対象となる特定寄附金を支出したように装って所得の一部を秘匿した上、同人らの同年分の正当な課税される所得金額、これに対する所得税額及び所得税額から納付済みの源泉徴収税額を控除した実際納付税額は、それぞれ、同表「正当税額等」欄中の「課税される所得金額」、「所得金額」、「納付税額」各欄記載のとおりの額であったにもかかわらず、同表「所得税確定申告状況」欄中の「申告年月日」、「申告書提出税務署」各欄記載のとおり、平成三年三月七日から同月一五日までの間、前後一一回にわたり、前記豊橋税務署において、同税務署長に対して右一一名の納税義務者の各所得税確定申告をするに際し、各人につき、架空の寄附金控除金額を計上した上、課税される所得金額、これに対する所得税額及び実際納付税額は、それぞれ、同表「所得税確定申告状況」欄中の「課税される所得金額」、「所得金額」、「納付税額」各欄記載のとおりである旨を記載した虚偽過少の所得税確定申告書を各提出し、正規の実際納付税額と申告にかかる虚偽過少の納付税額との差額(同表「ほ脱額」欄記載のとおり、合計二一八四万九八〇〇円)を免れた。

(証拠)

全部の事実について

一  被告人の

1  公判供述

2  検察官調書(検察官請求証拠番号乙1ないし11)

一  小出秀孝の検察官調書(甲11)

一  五島一友の検察官調書(甲12)

一  上田みどりの検察官調書(甲13ないし27)

一  原田修の検察官調書(甲28、29)

一  鈴木利幸の検察官調書(甲31ないし36)

一  森田賢治の検察官調書(甲37ないし55)

一  須貝敏之の検察官調書(甲57ないし59)

一  捜査報告書(甲6、8、9)

一  電話録取書(甲7)

第一の事実について

一  櫻井恒良の検察官調書(甲74)

一  捜査報告書(甲10)

第一の一の事実について

一  鈴木孝の検察官調書(甲76ないし78)

一  河合和寛の検察官調書(甲84、85)

一  尾﨑三郎の検察官調書(甲87、88)

一  尾﨑哲朗の検察官調書(甲90、91)

一  松﨑進の検察官調書(甲93)

一  大野和美の検察官調書(甲95)

第一の二の事実について

一  鈴木孝の検察官調書(甲76ないし78)

一  河合和寛の検察官調書(甲84、85)

一  尾﨑三郎の検察官調書(甲87、88)

一  尾﨑哲朗の検察官調書(甲90、91)

一  松﨑進の検察官調書(甲93)

一  大野和美の検察官調書(甲95)

一  杢原實の検察官調書(甲97)

第一の四の事実について

一  鈴木孝の検察官調書(甲76ないし78)

一  河合和寛の検察官調書(甲84、85)

一  松﨑進の検察官調書(甲93)

一  彦坂守の検察官調書(甲99)

第一の五の事実について

一  鈴木孝の検察官調書(甲76ないし78)

一  河合和寛の検察官調書(甲84、85)

一  彦坂守の検察官調書(甲99)

第一の六の事実について

一  鈴木孝の検察官調書(甲76ないし78)

一  大野和美の検察官調書(甲95)

一  大木満吉の検察官調書(甲101、102)

一  山﨑高の検察官調書(甲104)

第一の七の事実について

一  鈴木孝の検察官調書(甲76ないし78)

一  河合和寛の検察官調書(甲84、85)

第二の事実について

一  電話録取書(甲72)

第二の一の事実について

一  櫻井恒良の検察官調書(甲74)

一  鈴木孝の検察官調書(甲76ないし78)

一  鈴木幸子の検察官調書(甲80、81)

一  尾﨑三郎の検察官調書(甲87、88)

一  尾﨑哲朗の検察官調書(甲90、91)

一  松﨑進の検察官調書(甲93)

一  杢原實の検察官調書(甲97)

一  山内照司の検察官調書(甲106)

一  川瀬賀雄の検察官調書(甲108)

一  鈴木郁夫の検察官調書(甲110)

一  安井一夫の検察官調書(甲112)

一  電話録取書(甲73)

一  査察官調査書(甲75、79、83、89、92、94、98、107、109、111、113)

第二の二の事実について

一  大野和美の検察官調書(甲95)

一  大木満吉の検察官調書(甲101、102)

一  山﨑高の検察官調書(甲104)

一  査察官調査書(甲96、103、105、114)

第三の事実について

一  櫻井恒良の検察官調書(甲74)

一  鈴木孝の検察官調書(甲76ないし78)

一  河合和寛の検察官調書(甲84、85)

一  尾﨑三郎の検察官調書(甲87、88)

一  尾﨑哲朗の検察官調書(甲90、91)

一  松﨑進の検察官調書(甲93)

一  大野和美の検察官調書(甲95)

一  杢原實の検察官調書(甲97)

一  彦坂守の検察官調書(甲98)

一  大木満吉の検察官調書(甲101、102)

一  山﨑高の検察官調書(甲104)

一  電話録取書(甲72)

一  査察官調査書(甲75、79、86、89、92、94、96、98、100、103、105)

(法令の適用)

罰条 第一の一ないし七の各行為につき、いずれも、平成四年法律第九九号附則一二条及び平成六年法律第四号附則七条により、平成四年法律第九九号による改正前の政治資金規正法二五条一項、一二条一項

第二及び第三の各行為につき、別紙一覧表八ないし一〇の「番号」毎に、いずれも所得税法二三八条一項(ただし、第一ないし第三の各行為につき、刑法六〇条を付加する。)

刑種の選択 第一の一ないし七の各罪につき、いずれも禁錮刑

第二及び第三の別紙一覧表八ないし一〇「番号」毎の各罪につき、いずれも懲役刑及び罰金刑の併科

併合罪加重 刑法四五条前段

懲役刑及び禁錮刑につき、刑法四七条本文、一〇条(刑及び犯情の最も重い第三の別紙一覧表一〇「番号」9の罪の懲役刑に加重)

罰金刑につき、刑法四八条二項

労役場留置 刑法一八条

(量刑の理由)

本件は、現職の衆議院議員である被告人が、その地位に就くべく政治活動を続けていた落選期間中に、政治資金に窮し、支援者から寄附金を集め易くするために、定められた条件のもとで政治団体に対する寄附が所得税控除の対象になるという、税法上の特典を悪用することにして、関係する七つの政治団体を利用し、寄附をしてもらった者に実際の受取り額を超える額の領収書を渡し、これにより同人らに所得税控除を受けさせて、平成元年度と平成二年度の二年間にわたって延べ二五名の支援者に脱税させ、総額四一〇四万余円の税金を免れさせるとともに(第二、第三事実)、右平成二年度の所得税控除を受けるために必要な選挙管理委員会の証明を得るため、右七つの政治団体の平成二年分の収支報告書に延べ三三名から合計四六二四万円の寄附を受けた旨の虚偽記入をして選挙管理委員会に提出した(第一事実)という、所得税法違反、政治資金規正法違反の事案である。

現職の衆議院議員が、その地位に就く前の公職の候補者としての時期のこととはいえ、支援者らを脱税に巻き込んでまで政治資金を集め、その手段として、政治資金の収支を明確にするという政治資金規正法の目的をもないがしろにしていたという本件が、社会一般に及ぼした衝撃は大きく、税制や政治資金の規正に対する不信感を助長したばかりでなく、昨今のいわゆる政治不信を一層募らせることになったことは疑いない。したがって、本件は、その背景からすると、単なる脱税事件や政治資金収支報告書の虚偽記入事件にとどまらない、重大な事案である。

そこで、被告人が本件に及んだ経緯及び動機について検討する。

被告人は、昭和五三年に約二〇年間勤務した外務省を退職し、翌五四年一〇月、中道政党である公明党や民社党などの推薦を受けて、衆議院議員選挙に立候補し、これに初当選を果たし、昭和五五年及び同五八年に施行された同選挙にも両党の推薦を得て連続当選したが、三回目の当選前である昭和五七年ころから、保守系として立候補したいとの意向を持つようになった。しかし、そのためには、自前で後援会などを組織しなければならず、多額の政治資金が必要となるため、その資金捻出に苦慮していたところ、昭和五八年ころ、筆頭秘書をしていた原田修から、「先生、銭くれるとこあったら、ちっとは領収書余分に切って金集めましょうや。どこの政治家もやっていることですから。」などと寄附金が所得から控除される制度を利用して寄附を集めてはどうかと持ちかけられた。そこで、被告人は、これを受け入れることにし、そのころから、支援者らに対し、「寄附をしてくれれば、その金額の何倍もの金額の領収書を出すので損はさせない。税金を国へ納めるのも、それらを私がもらって選挙で使うのも同じようなものだ。」などと言って寄附を集めるとともに、秘書にも、寄附する人の年収に応じて、実際の寄附金額の二倍ないし三倍の領収書を交付して寄附を集めるよう指示するなどした。そして、毎年二月末日ころまでに、原田が、領収書の発行名義人である各政治団体につき、水増しした寄附金額を収入として計上し、それに合わせて支出も水増しするという、虚偽の収支報告書を作成させて選挙管理委員会に提出し、その際、水増しした金額を記載した「寄附金控除のための書類」という書面に選挙管理委員会の確認印を受け、これを所得税確定申告時期までに寄附者に交付し、これらの者に確定申告の際に税務署に提出させるようになった。

ところが、被告人は、昭和六一年施行の衆議院議員選挙に保守系無所属として立候補したものの、落選し、歳費が断たれたため、事務所経費などの金銭に益々窮するようになった。しかも、落選を機に原田が秘書を辞めたため、同人が行っていた事務は、被告人の又従兄弟である本件共犯者の上田みどりに任せ、寄附金は自ら管理して、事務所経費に遣ったり、ときには生活費に一時流用したりしていた。そして、上田から、各政治団体の収支報告書の作成にあたり、その活動実体がないため、支出項目の記載について質問を受けたことがあったが、「どんぶり勘定でいいんだよ。経費を適当に振り分けて、収支が零になるようにすればいいんだよ。」などと答えて、虚偽の収支報告書の作成を継続させていた。

その後、昭和六二年及び同六三年は、被告人が落選中であり、衆議院議員選挙の施行された年でもその前年でもなかったため、法律上被告人の政治団体に対する寄附は寄附金控除の対象にならなかったが、被告人は、寄附者のため、民社党系の政治団体から、支援者らが右団体に寄附したとする虚偽の「寄附金控除のための書類」を入手し、これを交付して所得税の控除を受けさせていた。

そして、平成元年分の政治団体の収支報告書を提出する平成二年には、同年二月に衆議院議員選挙が施行された関係上提出期限が四月末日とされていたことや、右選挙における公職選挙法違反罪により上田が起訴され、同年三月一九日まで身柄拘束されたことなどから、収支報告書の作成が遅れ、所得税確定申告期限までに「寄附金控除のための書類」に選挙管理委員会の確認印を得ることができなかったところ、被告人は、寄附者に対し、とりあえず仮領収書を用いて確定申告するよう依頼し、後日、選挙管理委員会の確認印が押された「寄附金控除のための書類」を交付して税務署に提出させて、本件第二の犯行に及んだ。さらに、右選挙で落選した後の翌三年にも、同様の行為を繰り返し、本件第一及び第三の犯行に及んだものである。

被告人は、政治活動を継続するには多額の金員を必要とするのに、有力な支援企業などなく、十分な寄附金が集まらなかったので、多くの議員が領収書を水増しして寄附金を受けていると聞いていたし、政治団体が収支報告書を提出しさえすれば、選挙管理委員会は、寄附の有無について実質審査を行うことなく、「寄附金控除のための書類」用紙に確認印を押す実情であったため、違法であることを承知していたが、その意識を次第に鈍らせてしまい、本件に及んだという。

そこで、弁護人は、政治活動を続けるのに金がかかる以上、寄附金を集めるしかないから、他の議員らが行っていたこともあり、被告人が本件に及んだことにはやむを得ない面があるし、寄附金は政治資金に使用しており、私腹を肥やしたわけではないから、この点を被告人に有利に酌むべきであるという。

たしかに、有権者に衆議院議員の候補者としての主義・主張を伝えたり、これを実現したりするという、政治活動を継続していくには多額の金員が必要であるとは思われる。にもかかわらず、思うように寄附が集まらず、政治資金に窮していたという被告人の心情を理解できなくはない。

しかし、だからといって、政治資金を集める意図であれば、犯罪行為に及んでいいわけがないのは勿論であるし、他にも行っている者がいるからというだけで、違法性を十分認識しながら、あえて行った動機に酌むべき点があるとはいえない。

言い換えれば、弁護人は、政治活動をするには金がかかるのであり、それは、金を遣わなければ有権者をひきつけてはおけないという現実があるからであり、そうだとすれば、政治活動に金をかけても、それは国民のために遣われ、あるいは、還元されているのだから、やむをえないのであって、政治に関わる者が金集めに奔走するのは当然であり、そうせざるをえない事情のもとでは、時には違法行為を犯しても、それを厳しく非難することはできないと言いたいのであろうが、それは、政治に関わる者だけがそういうのであって、いくら高邁な理想を達成するためであっても法を犯してはならないと考える一般有権者の意識とは余りにもかけ離れた、政治に関わる者の独りよがりの見解であって、到底容認することはできない。

それに、被告人が私腹を肥やしたわけではなく、政治活動に使用したとはいっても、被告人は当時落選中であり、その政治活動は、専ら、衆議院議員に返り咲くことに向けられていたと思われることからすると、全体の奉仕者を目指す政治活動とはいっても、結局は、被告人が衆議院議員になるという、自己目的達成のためでもあったといえ、必ずしも社会一般のためだけに活動したわけではない。

弁護人の右主張は採用することができない。

そして、被告人は、秘書である共犯者とともに本件に及んだとはいっても、寄附金控除を悪用する方法も政治資金収支報告書の記載方法も全て被告人が指示して行わせていたものであるし、自ら支援者らに積極的に働き掛けて脱税させてもいるのであり、しかも、得られた寄附金を一括して保管して適宜支出し、時には、生活費に一時借用するなどしていたことからすると、被告人が本件を終始主導した責任を免れることはできない。

ところが、被告人は、本件犯行が発覚するや、その罪責を免れるために、共犯者とは別の秘書の一人に罪をかぶせようとしたり、寄附をした者を訪ね歩いて、名目額どおりの寄附をしたことにして欲しい旨依頼するなどして、罪証隠滅工作まで行っており、この点でも強い非難を免れない。

また、本件の結果は、支援者らに八万七〇〇〇円ないし四九九万円余の脱税をさせて総額四一〇〇万円余の国家収入を奪い、これに対し、被告人は二年間にわたって約三〇〇〇万円余を寄附金として得ていたものであり、重大である。

弁護人は、領収金額を水増ししたとはいっても、その三分の一ないし二分の一に相当する金員は実際に寄附されているから、ほ脱額もそれに応じて減額されるので、この点を被告人に有利に酌むべきであるという。

しかし、寄附はもともと寄附をする者の自発的意思に基づくものであるから、そういうのであって、本件のように脱税して見返りがあるのを予定して金員を支出することは、もはや寄附とはいえないから、政治資金規正法の趣旨に適う寄附とはいえず、所得税の控除の対象とはなり得ない。

弁護人の主張は採用できない。

そうすると、被告人の罪責は誠に重いので、捜査段階から犯行を自認し、ひたすら反省すると述べていること、前科前歴がないこと、外務省勤務や議員活動などを通じて社会的に貢献していること、当然のこととはいえ、本件が広く社会に報道されるなどして、それに伴う社会的非難を受けていることが窺われること、長男が出廷して今後も助力すると述べていること、脱税をした者らがいずれも既に修正申告をし、重加算税の支払いにも応じていることなど、被告人に有利な事情を全て斟酌しても、懲役刑も罰金刑も、その執行を猶予すべき情状があるとは認められず、主文のとおりの実刑に処するのはやむをえないと判断した。

(求刑 懲役一年六月及び罰金五〇〇万円)

(裁判長裁判官 岡村稔 裁判官 和田真 裁判官 森島聡)

別紙一覧表一

〈省略〉

別紙一覧表二

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別紙一覧表三

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別紙一覧表四

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別紙一覧表五

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別紙一覧表六

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別紙一覧表七

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別紙一覧表 八

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別紙一覧表 九

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別紙一覧表 一〇

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